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東京・池袋のサンシャインシティ・ワールドインポートマート4階で、毎年2月頃に「サンシャインシティ大古本まつり」が開催されていた。会場も広く、出店数も商品数も多かったので、よく出かけて行った。記憶が定かではないが、2000年代の数年間だったと思う。
古本市で私が目当てにしていたのは、使い古した段ボール箱に無造作に入れられて、だいたい1冊200円ぐらいで売られている本だ。明治時代から昭和初期にかけて出版された木版印刷の教科書である。そこにはあまり人が多くないので、ゆっくりと見ることができる。より取り見取りのなかから、字様を見てこれはというものを物色して買い求めた。
そのひとつが『尋常小学修身教範巻四』(普及舎、1894年)である。あまり美本とはいえず本としての魅力はなかったのだが、中を開いてみるとひきつけられたのである。のちに、これをベースにして制作したのが「花蓮華」の和字書体である。

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それから毎年のように出かけていった。『中等国文 二の巻上』(1896年、東京・吉川半七藏版)の本文(楷書体)からは「ゆきぐみノーマル」が、手紙文(行書体)からは「はなぐみノーマル」が生まれた。さらに昭和初期の地図『東京』(1934年、大日本帝国陸地測量部)の手書き文字は「つきぐみノーマル」になった。
『国文中学読本』(吉川半七、1892年)からは「まなぶ」が生まれた。そして『尋常小学修身書巻三』(東京書籍、1919年)は「修身」の教科書で、二宮金次郎、本居宣長、上杉鷹山、徳川光圀、貝原益軒らが登場している。このうすっぺらでノートのような教科書から復刻したのが「さくらぎ」である。
ついでながら、『小學國語讀本 巻八』(文部省、1939年、東京書籍)は実家に残されていた教科書である。これが井上千圃(高太郎 1872?—1940)が版下を描いたもので、いわゆる文部省活字で組まれている。この金属活字の書体を復刻したのが「しおり」である。
その後「西武古本市」に行くようになって足が遠のいていたが、どうやら「サンシャインシティ古本まつり」は開催されていないらしい。
by imadadesign | 2018-12-25 10:29 | 書体雑記帳[和字書体] | Comments(0)

東京築地活版製造所の見本帳『活版見本』(1903年)の口絵として、銅版印刷による工場全景の図版が掲載されている。この場所が現在どうなっているのか、同じところから写真を撮ってみようと思い立った。

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図版の写真が撮られたと思われる場所は、高いフェンスで覆われていて近づくことさえできない。それでもフェンスまでたどり着く場所をみつけて、カメラをフェンスの隙間に差し込んだ。図版の位置より少し左の位置からになってしまったが、どうにか撮影することができた。

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かつての築地川は首都高速道路になっている。つまり、築地川の川底を自動車が走っているということなのだ。築地川にかかる万年橋は今は首都高速道路の上にあり、その周囲は「中央区立築地川銀座公園」として整備されている。


東京築地活版製造所で印刷された『長崎地名考』から和字書体「きざはし」(和字書体三十六景)を制作した。明朝体「金陵」との組み合わせを想定している。

●『長崎地名考』(香月薫平著、虎與號商店、1893年)


府川充男氏による3回連続セミナーが開催され、私はそのすべての回に参加することができた。そのときに配布された資料もたいへん充実したものだった。講演の内容は年代別に整理されたものではなかったが、大雑把に言えば、第1回セミナーでは平野活版など明治初期の活字書体が、第2回セミナーでは築地活版、秀英舎を中心とした明治時代の活字書体が、そして第3回セミナーでは、森川龍文堂、岩田母型、モトヤなどの昭和時代の活字書体が取り上げられていた。
そのときの配布資料のなかに『長崎地名考』の図版があった。これだと思い、市立図書館で調べてもらったら、日本大学文理学部図書館で所蔵しているということがわかった。市立図書館を通じて借用し20ページほど複写することができた。これが「きざはし」の原資料となった。

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東京築地活版製造所は現在コンワビルが建っているところにあった。その跡を示す「活字発祥の碑」がその敷地内に建てられている。たしかに、この場所にあったのだ。
by imadadesign | 2018-12-15 08:35 | 書体雑記帳[和字書体] | Comments(0)

2004年、小浜への旅

伴信友(1773年−1864年)の生誕の地、福井県小浜市を訪ねたのは2004年8月、私が50歳になったばかりのときだ。

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小浜駅前の観光案内所で地図をもらった。レンタサイクルを勧められたが、そう遠くでもなかったので徒歩で巡ってみることにした。

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墓は発心寺にあった。

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また、伴信友顕彰碑は、発心寺から佛国寺へ向かう参道の山裾にあった。

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伴信友は、江戸後期の国学者である。本居宣長の著書を読んで感激して入門を決意したのだが、入門の願いがとどいたのは宣長が亡くなったあとのことだった。歴史の研究、古典の考証にすぐれた業績を残しているが、代表作としてあげられるのが『仮字本末』だ。

●『仮字本末』(伴信友著、1850年)

『仮字本末』から和字書体「さきがけ」(和字書体三十六景)を制作した。四川宋朝体「龍爪」との組み合わせを想定している。

翻訳書『解体新書』に関わったとされる中川淳庵、杉田玄白も若狭小浜藩の人だ。小浜公園に隣接する高成寺の境内には「中川淳庵先生之碑」があり、小浜駅近くにある公立小浜病院の正面には「杉田玄白之像」が建っている。

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国学の伴信友、蘭学の中川淳庵、杉田玄白ときたら、儒学(陽明学)の中江藤樹も訪ねてみたいと思った。小浜駅からバスでJR湖西線安曇川(あどがわ)駅(滋賀県安曇川町、現在は高島市)へ向かった。安曇川駅前に「近江聖人中江藤樹像」があった。そこから徒歩10分ぐらいの「近江聖人中江藤樹記念館」にも足を伸ばしてみた。

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by imadadesign | 2018-12-09 14:37 | 書体雑記帳[和字書体] | Comments(0)

和字書体のフォント

和字書体のつくりかたについて、とくにめあたらしいことではありませんが、基本的なことなので、簡単にまとめておくことにします。
 欣喜堂で制作している和字書体には、ひらがな、かたかな、および表記記号(約物・括弧など)が含まれています。

ひらがな

?ひらがな48字
まず、ひらがな48字を制作します。

?音声符号付ひらがな
濁音符(゛)と半濁音符(゜)を、かたちと大きさを考えて制作します。
か行、さ行、た行、は行のひらがなに濁音符を、は行のひらがなに半濁音符の位置を決めて付加していきます(半濁音符は、鼻濁音用として、か行につけることもある)。ひらがなに近すぎると判別しづらくなりますし、離しすぎると別の文字のほうに近くなってしまいます。
また、基本的にはボディに入っていなければならないので、書体によっては文字ごとに、濁音符と半濁音符のかたちと大きさを変えることがあります。その場合でもひらがなの位置は変更しません。

?小書きのひらがな(縦組み用、横組み用)
促音を構成する「っ」、拗音を構成する「ゃ」「ゅ」「ょ」など、小書きのひらがなは、ひらがなに対するサイズを設定して縮小し、ひらがなに相当する太さにします。つづいて、縦組みでは右寄りに、横組みでは下付きになるように位置を設定します。

?繰り返し記号(ひらがな用)
ひらがなに合わせて、繰り返し記号「ゝ」「ゞ」(ひらかな返し)を制作します。※現在は制作していませんが、ほかに「〳」「〴」「〵」(大がな返し)もあります。また漢字用の繰り返し記号「〻」も、ひらがなに合わせて設計することになるでしょう。

?準文字
「〆」は和製漢字として扱われていますが、その形状から考えて、欣喜堂ではひらがなと同じように制作しています。

◆このほか、「ゟ」のような合字があります。


カタカナ

?カタカナ48字
つづいて、カタカナ48字を制作します。

?音声符号付カタカナ
基本的には、ひらがな用で制作した濁音符(゛)と半濁音符(゜)を流用します。
カ行、サ行、タ行、ハ行、ワ行のカタカナに濁音符を、ハ行のひらがなに半濁音符の位置を決めて付加していきます(半濁音符は、鼻濁音用として、カ行につけることもある。ほかにアイヌ語用として半濁音付きカタカナが必要な場合がある)。ひらがな同様、カタカナに近すぎると判別しづらくなりますし、離しすぎると別の文字のほうに近くなってしまいます。
また、基本的にはボディに入っていなければならないので、書体によっては文字ごとに、濁音符と半濁音符のかたちと大きさを変えることがあります。その場合でもカタカナの位置は変更しません。

?小書きのカタカナ(縦組み用、横組み用)
促音を構成する「ッ」、拗音を構成する「ャ」「ュ」「ョ」など、小書きのカタカナは、カタカナに対するサイズを設定して縮小し、カタカナに相当する太さにします。つづいて、縦組みでは右寄りに、横組みでは下付きになるように位置を設定します。

?反復記号(カタカナ用、漢字用)
カタカナに合わせて、繰り返し記号「ヽ」「ヾ」(カタカナ返し)を制作します。
漢字用の反復記号「々」や、行の反復記号「〃」も、カタカナに合わせて設計しています。

?長音符号(縦組み用、横組み用)
音声符号のひとつである長音符(ー)は、音引ともいいます。ひらがなにも使われるようになりましたが、基本的には、カタカナに合わせて設計しています。

◆このほか、「ヿ」のような合字があります。

表記記号

?くぎり符号(縦組み用、横組み用)
句点「。」読点「、」中黒「・」のほか、横組み用のピリオド「.」コンマ「,」コロン「:」セミコロン「;」があります。和字書体として、大きさ、太さ、位置などを考えて制作します。
※欣喜堂では、感嘆符「!」・疑問符「?」は、和字書体としては制作していません。欧字書体に合わせて制作しています。

?つなぎ符号(縦組み用、横組み用)
ハイフン「‐」、ダッシュ「—」、波ダッシュ「‐」、三点リーダー「…」二点リーダー「‥」があります。スラッシュ「/」、逆スラッシュ「\」や、単柱「|」双柱「‖」はくぎり符号ですが、制作上はつなぎ記号として扱っています。
※エンダッシュ「–」は、欣喜堂の和字書体では、今のところ制作していません。

?括弧類・引用符(縦組み用、横組み用)
丸括弧「()」、亀甲括弧「〔〕」、角括弧「[]」、山括弧「〈〉」、波括弧「{}」、鉤括弧「「」」、隅付括弧「【】」、二重山括弧「《》」、二重鉤括弧「『』」、および引用符「‘’」二重引用符「“”」を制作します。それぞれ「起こし」と「受け」があり、対象になるように設計します。
※二重引用符「??」は、和字書体としては今のところ制作していません。

●「ばてれん」の例
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強調・矢印・装飾

単独の和字書体では以下の字種は制作していませんが、日本語総合書体としては制作しています。
傍線:「_」「~」(縦組み用・横組み用)
矢印:「↑」「↓」「→」「←」
印物:「○」「●」「□」「■」「◇」「◆」「△」「▲」「▽」「▼」「★」「☆」「◎」

以上、欣喜堂の和字書体としての字種(フォント)をまとめましたが、このほか、丸入り文字、括弧入り文字、ルビ用文字などの展開が考えられます。
by imadadesign | 2016-02-08 14:54 | 書体雑記帳[和字書体] | Comments(0)

もうひとつ本居宣長!

勉誠社文庫10『玉あられ・字音假字用格』(勉誠社、1976年)所収の「玉あられ」をベースにして、和字書体「すずのや」を制作している。
この『玉あられ』(本居宣長著、井筒屋忠八郎・秋田屋彦助、1843年)の刊本も筆者の手元にある。初版は1792年ということなので、50年後に別の出版者によって出版されたものだろう。本居宣長(1730−1801)の没後で、初版にはあった序文もなくなってはいるが、もともとの板木は同じように思われる。

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書体の制作にあたっては影印本で十分だし、むしろ影印本のほうが扱いやすい。さらにいえば、デジタル・アーカイブでの画像データがより便利なのだ。それでも、現物があるとモチベーションがあがるというものだ。

ジェンソンのローマン体とアリッギのイタリック体との関係は、漢字書体における陳起の宋朝体と余志安の元朝体の関係に相当するとしたい。

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アリッギのイタリック体(左)とジェンソンのローマン体(右)

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余志安の元朝体(左)と陳起の宋朝体(右)

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本居宣長の「玉あられ」(左)と「字音假字用格」(右)

和字書体では、和字書体のローマン体と位置付けている「もとおり」に対して、この「すずのや」は和字書体のイタリック体にあたるのではないかと思っている。

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by imadadesign | 2015-10-20 08:43 | 書体雑記帳[和字書体] | Comments(0)

もういちど本居宣長!

『本居宣長』(田中康二著、中央公論新社、2014年7月24日)を読んでいる。以前、『本居宣長〈上・下〉』(小林秀雄著、新潮社、1992年)を読みはじめたことがあるが、難しすぎて途中で挫折した。そのようなレベルの筆者にとっても、これならどうにかついていける。入門書として最適ではないかと感じられる。
 本居宣長(1730−1801)の70年の生涯が、10年ごとに章立てしてまとめられている。「文学と思想の巨人」とサブタイトルにあるように、その両分野における著作のすべてが簡潔に取り上げられている。
 それはともかく、全体像をあらわしたいという著者の主旨とは異なるかもしれないが、筆者が興味を持ったのは「第六章 学問の完成」の「一、版本というメディア」のなかで、宣長の版本観が論じられていることであった。その最後の一節を以下に引用しておきたい。

「(前略)自著の刊行に際して、細心の注意を払って上梓することを自らに課した。稿本(下書き)は初稿、再稿を経て清書してから板下を作った。刷り上がった校正(ゲラ)も校合刷で確認し、二番校合を取って再確認することもあった。そのようにして、ようやく版本が出来したのである。このような作業を含めて出版である。それゆえ、出来上がった版本を手に取った時の宣長の喜びは想像に余りある。単に自著を一度に大量生産するといった姑息な考えではなかったのである。」

筆者の手元に、宣長の著作が一冊ある。

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「第五章 論争の季節」で取り上げられている『字音仮字用格』(本居宣長著、錢屋利兵衞ほか、1776年)である。印刷は後年のものかもしれないものの、安永5年(1776年)とあるので、もともとの板下と同じだと考えられる。
 筆者は、勉誠社文庫10『玉あられ・字音假字用格』(勉誠社 一九七六)所収の「字音仮字用格」をベースにして、和字書体「もとい」を2005年に制作した。あれから10年が経過した今、原資料に立ち返り、あらためて全面的に見直したいという衝動にかられている。
 「もとい」はすでに定着しており、多くの方に使っていただいている。少し過剰な解釈をした感じではあるが、これはこれで悪くはない。したがって、「もとい」のバージョンアップではなく、「もとい」は「もとい」として温存しておいて、まったく別の書体としたほうがいいのではないかと思う。

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 その際には、堂々と「もとおり」という書体名にしたいと考えている。

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by imadadesign | 2014-11-16 18:57 | 書体雑記帳[和字書体] | Comments(0)

ひらがなの美学

『ひらがなの美学』(石川九楊著、新潮社・トンボの本、2007年)は、そのタイトルのとおり「ひらがな」について書かれた本である。この本の和歌の部分に和字書体「ばてれん」が使われていることは、漢字書体「龍爪」が『書道技法講座』シリーズ・改訂版(二玄社、2009年)に使われているのと並んで、また格別である。

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「ばてれん」の原資料は、天理図書館善本叢書の『きりしたん版集一』(1976年、天理大学出版部)所収の『ぎやどぺかどる』の影印である。『ぎやどぺかどる』は日本国内では上巻が天理図書館にあるのみだ(上下巻がそろった完本は、ヴァチカン図書館と大英博物館にある)。

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 アレッサンドロ・ヴァリニャーノ(1530–1606)は天正少年遣欧使節団を立案し、活字版の印刷技術を日本に持ってくることを考えた。天正遣欧少年使節には、伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノ、中浦ジュリアンの少年使節のほかに、引率者としてイエズス会修道士メスキータ(ポルトガル人)、随員として助修士ジョルジュ・デ・ロヨラ(1562?–1589 日本人)と少年コンスタンチノ・ドラード(1567?–1620 日本人)が加わっていた。
 ヴァリニャーノは、使節団の随員ロヨラとドラードに活版印刷機の購入と印刷技術の習得を課していた。ロヨラとドラードはポルトガルで、活字の鋳造と印刷技術を学んだと思われる。ロヨラは帰国途中のマカオで死去したので、キリシタン版の印刷はドラードによってなされた。
 さて、『ぎやどぺかどる』の活字のもととなった文字は誰が書いたのだろうか。天正遣欧少年使節および随員のうち文字が書けたのはロヨラだけだったということから、キリシタン版活字の原字はロヨラが書いたという説を聞いたことがある。そのあたりのことについて、専門の研究者による調査・研究があるのだろうか。

 想像の翼をひろげてみる。もしロヨラがキリシタン版活字の原字を書いたのだとしたら、日本で最初期の活字書体設計師ということになろう。名前の知られた書家ではなく、ひとりの若者によって書かれたということになる。しかも西洋の活字鋳造と印刷技術の職人でもあったのだ。もっとロヨラのことが知りたくなった。
 欣喜堂和字書体は、原則として和語で書体名をつけているが、この書体はいい案が思いつかなくて、外来語である「ばてれん」(ポルタガル語のpadre から、宣教師の意)とした。なかば苦し紛れであったのだが、ロヨラからヴァリニャーノに向けての尊称だと考えれば、とてもいい名前だと思っている。
 はるかな時代を超えて、和字書体「ばてれん」として新たな生命が吹き込まれ、それが『ひらがなの美学』として組まれるというのも、活字書体の面白さである。
by imadadesign | 2014-10-04 17:38 | 書体雑記帳[和字書体] | Comments(0)

和字書体は、平安時代から現代までの日本の書写と印刷の歴史にはぐくまれた36書体をとりあげて、デジタルタイプとして再生した。これを葛飾北斎の『富嶽三十六景』から、「和字書体三十六景」となづけた。
『富嶽三十六景』は、1831年(天保2年)頃から出版されたものだ。このシリーズは、歌川広重の『東海道五拾三次』のように名所絵として制作・販売されたものではない。富士山のさまざまな条件で異なる山容の表情に、最大の興味が注がれているようだ。
「和字書体三十六景」もまた、和字書体のさまざまな形象を選び出しているということでは『富嶽三十六景』と共通すると思っている。漢字書体にあわせて歴史別に分類しているが(分類名は私案)、和字書体は景色だととらえている。
 ところで、追加で制作している12書体を「和字書体十二勝」としている。『富嶽三十六景』は三十六図および追加十図の四十六図よりなる。実際には四十六図あるので、「和字書体三十六景」も、36書体および追加12書体としてもいいと思うが、わかりやすくするために「和字書体十二勝」としている。

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( 暫定版 2015年4月22日更新)

やまと(夜麻登) 写本
第一景「あけぼの」(資料:粘葉本『和漢朗詠集』、1013年?)
第二景「やぶさめ」(資料:定家筆『更級日記』、1230年?)
第三景「たかさご」(資料:金春本『風姿花伝』、室町前期?)
第四景「さよひめ」(資料:奈良絵本『さよひめ』、室町後期?)

やまと(夜麻登) 古活字版
第五景「ばてれん」(資料:キリシタン版『ぎや・ど・ぺかどる』、1599年)
第六景「さがの」(資料:嵯峨本『伊勢物語』、1608年)

やまと(夜麻登) 木版(整版) ※近世活字版
第七景「げんろく」(資料:浮世草子『世間胸算用』、1692年)
第八景「なにわ」(資料:浄瑠璃本『曾根崎心中』、1703年)
第一勝「すずのや」(資料:『玉あられ』、1792年)
第九景「えど」(資料:合巻『偐紫田舎源氏』、1829年−1842年)

やまと(夜麻登) 金属活字版
第十景「いけはら」(資料:『長崎新聞 第四號』、1873年)
第十一景「ひさなが」(資料:『作文独学大全』、1894年)
第十二景「ゆかわ」(資料:『富多無可思』、1909年)
▽碑刻
第十三景「いしぶみ」(資料:「槙舎落合大人之碑」、1891年?)


ひのもとのめばえ 木版・金属活字版
第十四景「もとい」(資料:『字音仮字用格』、1776年)
第二勝「うえまつ」(資料:『古事記伝二十二之巻』、1803年)
第三勝「ひふみ」(資料:『神字日文伝』、1824年)
第十五景「さきがけ」(資料:『仮字本末』、1850年)
第十六景「あおい」(資料:『歩兵制律』、1865年)

ひのもとのいぶき 金属活字版
第十七景「きざはし」(資料:『長崎地名考』、1893年)
第十八景「かもめ」(資料:『内閣印刷局七十年史』、1943年)
第十九景「はやと」(資料:『二人比丘尼色懺悔』、1889年)
第二十景「はなぶさ」(資料:『少年工芸文庫』、1902年)
第二十一景「さおとめ」(資料:『尋常小學國語讀本』、1901年)
第二十二景「まどか」(資料:『富多無可思』、1909年)
▽明治初期の活字
第四勝「にしき」(資料:『Book of Specimens』、1877年)


ひのもとのさかえ 金属活字版
第二十三景「たおやめ」(資料:『日本印刷需要家年鑑』、1936年)
第二十四景「ほくと」(資料:『新考北海道史』、1950年)
第二十五景「たいら」(資料:『書物の世界』、1949年)
第五勝「あずま」(資料:『東京今昔帖』、1953年)
▽宋朝体活字
第二十六景「みなみ」(資料:『本邦活版開拓者の苦心』、1934年)


ひのもとのゆたか 金属活字版
第六勝「ひばり」(資料:『死を開く扉』、1959年)
第七勝「めじろ」(資料:『センサスの経済学』、1964年)
▽新聞書体
第二十七景「うぐいす」(資料:『九州タイムズ』、1946年)

ひのもとのかなめ 木版・金属活字版
第八勝「まき」(資料:『和英通韻以呂波便覧』、1868年)
第二十八景「ふみて」(資料:『啓蒙手習之文』、1871年)
第二十九景「まなぶ」(資料:『国文中学読本』、1892年)
第三十景「さくらぎ」(資料:『尋常小学修身書巻三』、1919年)
▽文部省活字
第三十一景「しおり」(資料:『小學國語讀本  巻八』、1939年)

えみし(愛弥詩) 金属活字版
第九勝「みなもと」(資料:『新撰讃美歌』、1888年)
第十勝「たまゆら」(資料:『言海』、1931年)
第三十二景「ことのは」(資料:『辞苑』、1935年)

くまそ(球磨曽於)1 金属活字版
第十一勝「はるか」(資料:『活字と機械』、1914年)
第三十三景「くれたけ」(資料:『活版総覧』、1933年)
▽二分ノ一活字より
第三十四景「くらもち」(資料:『活版見本』、1903年)

くまそ(球磨曽於)2 金属活字版
第三十五景「ますらお」(資料:『活字見本帳』、1936年)
第十二勝「めぐろ」(資料:『センサスの経済学』、1964年)
▽孔版の沿溝書体
第三十六景「くろふね」(資料:『沿溝書体スタイルブック』、1952年)
by imadadesign | 2014-07-26 22:50 | 書体雑記帳[和字書体] | Comments(0)

「和字書体三十六景」の最初を飾る書体は「あけぼの」と「やぶさめ」である。
「あけぼの」の原資料は『御物本倭漢朗詠集』(株式会社便利堂、1992年・11版)および書道技法講座『粘葉本和漢朗詠集』(大石隆子編、二玄社)である。藤原行成(ふじわらのゆきなり)筆と伝えられているが、確証はまったくない。この時代には、行成と同じぐらいの力量をもったひとが多くいて、そのなかで能書家としていちばん名が通っていたのが行成だったために「行成筆」と伝えられているのだろう。現在でも初心者の絶好の書の手本とされているように、癖がなく、奇をてらうところもなく、すべて整っている。最も品格の高い代表的な書風である。

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「やぶさめ」の原資料は『御物更級日記 藤原定家筆』(笠間書院、1999年)である。藤原定家(ふじわらのさだいえ)の書は「奇癖」「悪筆」という評価であったが、近年、力強い書き振りとして評価されるようになった。定家の書蹟は必要に応じて書かれたもので、「読ませる」ということを目的にしており、「書かせる」というためのものではなかった。だから正しく書くことについてのみ注意をはらっていたようである。自分の仕事に適した実用速筆体といえるものだった。

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「あけぼの」と「やぶさめ」は、本文用を視野に入れて制作した書体である。したがって、それぞれ単体のひらがなを抜き出して、デジタルタイプとして再生した。書物のカバー・デザインなどでも使用され、好評を得ている。
 その後、『粘葉本和漢朗詠集』を原資料とした「こうぜい」、藤原定家の書跡をベースにした「かづらき」が発表された。どちらも、最新のフォント・エンジニアリングを駆使してプロポーショナル(文字ごとの固有の字幅)やリガチュア(合字)が実現されている、意欲的な活字書体である。

「こうぜい」は、東京タイプディレクターズクラブが主催する東京TDC賞2014で、タイプデザイン賞を受賞した。伝藤原行成筆『粘葉本和漢朗詠集』の研究をもとに、文字のつながりを自由にコントロールできる和字書体(漢字数文字を付属)である。
 宇野由希子さん(現在字游工房)が書体をデザインし、独自のフォント制作ツール開発を含むエンジニアリングを山田和寛さん(現在モノタイプ)が手がけた。宇野さんが学生時代に、日本の書における文字のつながりに着目して卒業制作として制作したものがベースとなっている。
「あけぼの」とはことなり、「こうぜい」では文字のつながり方に注目をしている。ひらがな50音それぞれに4パターンの選択肢が用意されている。その4パターンは連綿体ではなく、「意連(意識のつながり)」が着目されている。それだけではなく、リガチュア(合字)や、いわゆる変体仮名も用意されている。
「こうぜい」という名称は、「行成様(こうぜいよう)」(藤原行成の書風。世尊寺様ともよばれ、平安時代に広く用いられた)に由来すると思われる。

一方、The Type Directors Club (New York, NY)で、2010年の審査員賞を受賞したのが、アドビシステムズの西塚涼子さんデザインの和字書体「かづらき」(漢字1000字を付属)である。
西塚さんもまた、学生時代に藤原定家の書風に触発され、卒業制作として取り組んでいる。大学卒業後も制作を続け、2002年のモリサワ賞国際タイプフェイス・コンテストで銀賞に輝く。その書体をベースに、アドビシステムズのフォント開発チームの協力を得て制作したのが「かづらき」である。
「かづらき」は、プロポーショナル(文字ごとの固有の字幅)を縦組み用、横組み用双方に実現させているのはもちろん、「やぶさめ」にはないリガチュア(合字)もデザインされている。OpenTypeフォントの機能によって、特定の文字の組み合わせに対して自動的に連続した形のリガチュア(合字)で表示することも可能であるという。
「かづらき」という名称は、定家が詠んだ歌「歎くとも 恋ふとも逢はん 道やなき 君葛城の 峰の白雲」に由来している。

「こうぜい」も「かづらき」も、女性のタイプフェイス・デザイナーの手によるものである。まさに「女手」である。世代は違うが、宇野さんも西塚さんも、学生時代からじっくりと真摯に取り組んできていることに好感が持てる。
 おそらく、「あけぼの」と「やぶさめ」は何の影響もあたえてはいないだろうが、このようなテーマに若い人がチャレンジしていくことは喜ばしいことだ。タイプフェイス・デザイナーとして今後の活躍が楽しみである。応援したい。
 そして「あけぼの」と「やぶさめ」同様に、「こうぜい」と「かづらき」も、ひろく使用されることを願っている。
by imadadesign | 2014-07-06 07:59 | 書体雑記帳[和字書体] | Comments(0)

1964年の秋、テレビが我が家にやってきた。東京オリンピックを見るためだ。田舎でもだんだんと買い求める家庭も多くなってきていて、さすがに我が家でも東京オリンピックは見たかったのだろう。町の電器屋さんにすすめられて、富士電機製のテレビを買ったのだった。
 1964年10月10日、東京オリンピック開会式。テレビの音声を、オープンリールのテープ・レコーダーで録音した。直接接続はできずテレビの前に置いて録音したので、話し声も録音されてしまった。小学校4年生で、声変わり前の僕の声も入っていた。
 そのテープを何度も繰り返し聞いた。アナウンサーの実況をそらんじた。音だけで情景が浮かんでくるのだ。そのテープも今はもうなくなってしまった。それでも古関裕而作曲のオリンピック・ファンファーレと、オリンピック・マーチは、今でも覚えている。

ある日のこと、なにげなく父の蔵書を眺めていて、薄っぺらな一冊の書物を見つけた。ちょうど東京オリンピックが終わった頃に出た本だ。その本は『センサスの経済学』(児島俊弘・関英二著、財団法人農林統計協会、1964年11月25日)という。「1965年中間農業センサス副読本」とある。

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 そのころ父は町役場の地方公務員で、農業指導員のようなことをしていた。くわしいことはよく知らないが、おそらく農業に関する統計調査も担当していたのではないか。そのためにこの本も読んでいたのだろう。
 読むというわけではなく、思い出にふけるというのでもなく、ただパラパラとページをめくってみた。そこに現れた本文の書体は、まさに昭和30年代、高度成長期をイメージさせるふくよかな和字書体ではないか。

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 そうなのだ。たしかに僕が「ひのもとのゆたか」というカテゴリー名で分類しようとしていた代表的な和字書体がそこにあった。これがどういう書体かは調べないとわからないが、直感で「これは復刻しなければ!」という衝動に駆られた。

東京オリンピックに象徴される高度成長期に出版された書物の、豊満なスタイルの和字書体に出会ったことにより、「ひのもとのゆたか」というカテゴリーに中心軸ができたように感じた。同カテゴリーは「うぐいす」「ひばり」という鳥の名前から命名しているので、「めじろ」ということにした。

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 もうひとつ。『センサスの経済学』には、ゴシック体で組まれたページもあった。どうやら本文の近代明朝体と対になるような、カテゴリー名「くまそ」に分類される和字書体である。ゴシック体でまとまった文章が組まれた例は多くないので、これも復刻の対象とした。財団法人農林統計協会の所在地にちなんで「めぐろ」と名付けた。

2020年に、2度目の東京オリンピックを迎えることになった。50年の時間をこえて、高度成長期を象徴する和字書体、「めじろ」と「めぐろ」も今、再生されようとしている。
by imadadesign | 2014-07-04 12:49 | 書体雑記帳[和字書体] | Comments(0)