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「KOさきがけ龍爪M」のものがたり(2008年)

「和字ドーンスタイル」(ルード)の書体たち
江戸時代の木版印刷の字様に興味を持ったのは、カタカナと同じように一字一字が独立したひらがなの成立を知りたいと思ったからである。江戸時代の木版印刷にみられる素朴なイメージの字様を、私は「和字ドーンスタイル」と名付けている。和語で「ひのもとのめばえ」ということもある。
『仮字本末』をベースにして制作した「さきがけ」は、「和字書体三十六景第三集」(2005年)のなかの一書体として発売された。和字書体三十六景に含まれる『字音假字用格』をベースにした「もとい/もとおり」、2008年の時点では未制作だった「和字書体十二勝」に含まれる「うえまつ」を制作した。これらを「和字ドーンスタイル」(ルード)ということにする。
一方、同じ和字ドーンスタイルでも幕末の活字書体である「あおい」(和字書体三十六景に含まれる)、さらには和字書体十二勝として制作した「ひふみ」、明治時代初期の活字書体「にしき」(いずれも和字書体十二勝)は比較的柔らかいイメージがあるので、これらを「和字ドーンスタイル」(ソフト)とした。

「もとい/もとおり」
『字音假字用格』(本居宣長著、1776年)

「うえまつ」
『古事記伝二十二之巻』(本居宣長著、1803年)

「さきがけ」
『仮字本末』(伴信友著、三書堂、1850年)

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「和字ドーンスタイル」(ルード)に含まれる「もとい/もとおり」「うえまつ」「さきがけ」のうち、もっとも標準的な書体は「さきがけ」だろう。「さきがけ」を取り上げることにする。

さきがけ 小浜への旅 

※改めて見直してみると、「もとい/もとおり」を「和字ドーンスタイル」(ソフト)に、「にしき」を「和字ドーンスタイル」(ルード)に入れ替えたほうがしっくりくるかもしれない。悩ましいところだ。


宋朝体、三つ巴の戦い 四川・福建・浙江
和字書体「さきがけ」に組み合わせる漢字書体については、使う人が自由に選べるということで制作していた。ところが漢字書体の選択肢が少ないうえに、合成フォントで使う面倒さも問題になっていた。そこであらかじめ組み合わせて使用できる漢字書体を制作することにした。その候補は中国・宋代の代表的な刊本字様(四川・福建・浙江)のうちからひとつを選び出すことにした。試作したのは「龍爪」「麻沙」「陳起」である。
中国・宋は、後周の節度使(軍職)であった趙匡胤〔ちょうきょういん〕が、後周のあとを承けて960年に建国した。開封〔かいほう〕を都とし、文治主義による君主独裁制を樹立した。1127年、金の侵入により江南に移り、都を臨安に置いたので、それ以前を北宋といい、1279年に元に滅ぼされるまでを南宋という。
宋朝体は、中国の宋代(960—1279)の木版印刷にみられる書体である。唐代に勃興した印刷事業は宋代にいたって最高潮に達していた。浙江、四川、福建が宋代における印刷事業の三大産地であり、それぞれが独自の宋朝体をうみだした。唐代の能書家の書風は宋代の印刷書体として実を結んだのである。


「龍爪」
[四川刊本]『周礼』(1163年−1189年)

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※欣喜堂では、四川刊本『周礼』の字様をベースにして、「龍爪」という宋朝体を制作した。

ふたつの展覧会をめぐって 
竜爪から龍爪へ 

「麻沙」
[福建刊本]『音註河上公老子道経』(1193年−1194年)
※欣喜堂では、『音註河上公老子道経』の字様をベースにして、「麻沙」という宋朝体を試作した。

「陳起」
[浙江刊本]『南宋羣賢小集』(1208年−1264年、陳宅書籍鋪)
※欣喜堂では、陳宅書籍舗の臨安書棚本字様をベースにして、「陳起」という宋朝体を制作した。

「さきがけ」との組み合わせを前提として漢字書体を制作しようと考えた時、みっつの宋朝体のうちでは四川刊本字様の「龍爪」がいちばんよくマッチするように思えた。


従属から調和へ
和字書体「さきがけ」、漢字書体「龍爪」に対応する欧字書体として制作したのが「K.E.Aries」である。どうしても制作しなければならないのならば、和字・漢字書体に従属するという考えを超えて、和字・漢字・欧字書体書体が調和させることを念頭に置いた。
制作の参考にしているのは、フランス人の印刷者ニコラ・ジェンソン(1420?−1481)が製作した活字が用いられている『博物誌』(1472年)の1ページである。制作にあたって、ここにあるだけのキャラクターを抜き出して、アウトラインをなぞってみた。

「K.E.Aries-Medium」
『博物誌』(プリニウス著、1472年)

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K.E.Aries-Medium よりよい混植をめざして

復刻にあたって、Monotype Centaur、Adobe Jenson など既存の復刻書体を参考にしながら、不足のキャラクターも含めて制作していった。Monotype Centaurはブルース・ロジャース(1870−1957)、Adobe Jenson はロバート・スリムバック(1956− )によって設計された、ジェンソンのローマン体の復刻書体である。

日本語書体「KOさきがけ龍爪M」の誕生
「KOさきがけ龍爪M」は、「KOもとい龍爪M」「KOかもめ龍爪M」とともに、2008年7月に発売した。

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by imadadesign | 2018-12-12 08:36 | 書体雑記帳[日本語書体] | Comments(0)