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「かもめ」は「かもめ」 『アンソロジー おやつ』より

日本語では、「漢字書体は同じでも和字書体を変えるだけでイメージが変わる」とよくいわれる。事実、同じ漢字書体に対して複数の和字書体を用意している例がいくつもある。それは確かにそうなのだけれども、その逆に「和字書体は同じでも漢字書体を変えるとイメージが変わる」ともいえるのである。
 ここにひとつの例がある。『ジハード1 猛き十字のアッカ』(定金伸治著、星海社文庫、2014年1月9日)の冒頭6ページは、漢字書体「龍爪M」と和字書体「かもめM」との組み合わせ(実際には、「かもめ龍爪M」だろう)なのだが、『アンソロジー おやつ』(PARCO出版、2014年2月10日)では、200ページ以上ある本文すべてが、近代明朝体(他社書体は間違えるといけないので一般名称にしておく)「かもめM」の組み合わせなのである。

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 和字書体はどちらも「かもめM」であるが、漢字書体は、『ジハード1 猛き十字のアッカ』が「龍爪M」、『アンソロジー おやつ』が近代明朝体である。見比べてみると、あきらかにイメージが違っていると思う。前者は攻撃的に見えるが、後者は友好的である。「かもめ」は「かもめ」で同じ書体なのに、漢字書体の影響が如実に現れているということだろう。『ジハード1 猛き十字のアッカ』で「かもめ龍爪M」が使われ、『アンソロジー おやつ』で和字書体「かもめM」が使われた理由もなんとなく透けて見えてくる。
 書体の印象は、漢字書体の違いだけでなく、組まれた文章の内容にも影響を受けるようだ。「かもめ」は「かもめ」だが、文章の性格はまったく異なる。まさか、おやつの本に「かもめM」が使われるとは思っても見なかったが、それはそれで合っているように感じてくるから不思議だ。
 実際のところ、漢字書体は無難な近代明朝体にしておいただけかもしれない。ともかく、ここで「かもめ」が選ばれたことによって、「金陵」や「蛍雪」、あるいは他社の多様な漢字書体と組み合わせたらどうだろうか、たとえば「おゝかもめ」の需要はあるのか……など、いろいろな可能性が開けてくるのである。
 『アンソロジー おやつ』は、42名の著名人によって綴られた「おやつ」に関する随筆集である。そこには、村上春樹の「ドーナッツ」、武田百合子の「キャラメル」、内館牧子の「チョコレート」などなど、ちょっと見ただけでおいしそうなタイトルが並んでいる。
 わたしの、この本での「かもめM」のイメージに重なるおやつはなんだろうかと考えてみた。そういえば友達の家が駄菓子屋をやっていたなあなどと思い出していた。ふとポンポン菓子のことを思い出していた。そうだ、これだ!
 ときどき、ちかくの広場にポンポン菓子をつくる機械をリヤカーに積んで行商のおじさんが巡回してきていた。こどもたちは自宅から米を持参して集まり、目の前でポンポン菓子に加工してもらうのである。できあがるときに、大きな破裂音がする。同時に膨張してできたポンポン菓子が、取り付けられた籠のなかに飛び出してくるのだ。それが楽しみだった。
by imadadesign | 2014-02-05 09:57 | 書体探索隊[書籍・和字] | Comments(0)